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東京高等裁判所 昭和30年(う)1553号 判決

控訴人 被告人 大塩健二

弁護人 大崎孝正

検察官 小西太郎

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は被告人並に弁護人大崎孝正提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

被告人の控訴趣意について。

原判決挙示の証拠によつて原判示脅迫暴行の事実を認められ、記録を精査するも、原判決認定は正当で所論のような事実の誤認はないから論旨は理由がない。

弁護人の論旨第一点について。

記録について所論弁護人選任届(公訴提起後のもの)をみると、同書面には「弁護士百溪計助を弁護人に選任致し連署にて御届致します」との記載があつて被告人の署名指印はあるが、弁護人の欄には弁護士百溪計助という記名印を押捺されその名下に同弁護士の押印が存するに過ぎず、弁護人の署名がないことは所論のとおりである。而して弁護人選任は刑事訴訟法上重要な訴訟行為でありさればこそ刑事訴訟規則第十八条も弁護人の選任は弁護人と連署した書面を差出してこれを為すことと規定しているのであるから、この方式を簡略とし記名押印を以つて足るとはいえない。従つて前記弁護人選任届は右規則第十八条に違反するものとしなければならない。しかし同条の方式に違反する書類は無効とする旨の規定も存しないのであるから、弁護人の署名押印すべきところを記名押印となつていることのみで弁護人の選任が無効とは解し得られない。(弁護人選任届についても刑事訴訟規則第六十条が適用されるから、連署というのは署名のみではなく署名押印を要するものと解すべきである。)而して大審院昭和七年(れ)第一三二七号判決は弁護人の署名が存し捺印を欠いた弁護届について、これを無効と解すべからずとしているところであり(大審院判例集第十一巻刑事一八五三頁参照)本件のように弁護人の署名がなく、記名押印が存する場合にも同一結論に達せざるを得ない。又原審公判調書には第四回を除いて被告人の選任した前記弁護人百溪計助が公判に立会つた記載が存するし、第四回公判も同じく被告人の選任した弁護人赤坂軍次の立会によつて審理を進めていること明白であるから、弁護人なくして公判を開廷した違法があるともいえない。以上説明のとおりで、本件に於ける百溪計助の弁護人選任は刑事訴訟手続の法令に違反することは明らかであるがその違反は未だ弁護人選任を無効とするものではなく、それ故に又所論のように原審の訴訟手続をすべて無効とするものとはいえないから、右違反判決に影響を及ぼすこと明らかなものと解すべきでなく、論旨は従つて理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人大崎孝正の控訴趣意

第一点被告人は昭和三十年一月二十五日原審に於て弁護人百溪計助を選任し同一月二十六日第一回公判は検察官の追起訴予定の理由により変更せられ三月二日第二回公判開廷せられ右弁護人立会の上人定訊問、被告人の事件に対する陳述、弁護人の意見の陳述等あり事実審理に入つているが右弁護人選任書には弁護人百溪計助の署名はなく記名捺印があるのみである。而して刑事訴訟規則第十七条第十八条によれば弁護人の署名した書面を出さなければならないことになつている。同法の解釈につき広島高等裁判所昭和二十六年(う)第三三四号事件判例に於て「弁護人は審理の過程においてその職責を完全に遂行している」従つて記名押印であつた事を以て弁護人の選任を無効ならしめ引いて審理を無効ならしむるは刑事訴訟法の精神に反すると論断されているが、署名を要求しているのは「職務の完全なる遂行」を期待する一つの方法として規定しているのではない。訴訟の重要な且つ厳粛なる形式として要求しているものであつて署名なくしては弁護人たり得ずと解すべきものと信ず果して然らば弁護人なくして公判を開廷したる違法あるもので原判決は破棄を免れざるものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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